リブロス【図書館】

バカはテクノロジーで脳を退化させ、天才は脳を進化させる

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「昨日のテレビ見た?」とコミュニケーションをとっていた時代は過ぎ去り、一人一人が見ているスマホの画面はそれぞれ違うものになったことで、「今日のiPhone見た?」とデバイスに注目をする代わりに人々はその内側にあるコンテンツに目を向けるようになりました。これは、テレビや電話といった情報を伝える道具が空気のように当たり前になってきたからかもしれません。

ピュー研究所の2014年のアメリカで行われた調査によると、インターネットが"個人"にとって有益だと考える人は90%で、"社会"にとって有益だと考える人は67%にも及ぶといいます。

確かに、知りたい情報をすぐに手に入れられるようになった今の時代において、我々はテクノロジーを使うことによって非常に大きな恩恵を受け、かつて図書館や本屋で調べていた情報まで指先一つで簡単に手にすることができるようになりました。

さらには、SNSによってこれまで疎遠だった人や海外の人、もしくは想像もつかない人ともコンタクトを取ることができるので、世界はテクノロジーによって大きく変わったと言われるかもしれません。しかし、この急速に変わりつつあるテクノロジーは本当に人類にとって良いものなのでしょうか? 今回はテクノロジーの中でも携帯端末によって人類が進化する部分と退化する部分について触れていきます。

テクノロジーはどのように人間を進化させていくか

 

インターネットの祖でもあるJ・C・R・リックライダーは1960年の論文「人間とコンピュータとの共生」のなかで、想い描いた未来をこう綴っています。

「そう遠くない将来、人間の頭脳とコンピュータとが・・・緊密に・・・連結することを願っている。」

コロンビア大学のベツィー・スパロウ氏は、グーグルで調べることを習慣にすることで脳がインターネットを外部記憶装置とみなす現象を「グーグル効果」と名付け、インターネットを使用できる状況下では情報の記憶率が低下するという実験結果を報告しました。

例えば、昔は友人や家族の電話番号を記憶して電話をかけていましたが、今の時代はスマホを見れば電話番号を覚える必要はないと認識しているので、電話番号への記憶力は低下していることになります。アインシュタインは本やメモを見れば分かることは記憶不要として自分の電話番号すら覚えていなかったと言いますが、これがスマホなどの携帯端末になると文字情報だけではなく画像や動画もすぐに確認ができるので我々の脳が想起するよりも高度な記憶保存や情報処理の役割を果たしてくれ、別のことに脳を使う時間とエネルギーを割くことができるようになりました。

機械にできることはやらないことで人間の領域は進化する。

アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏は「コンピュータは脳の自転車」と言っていましたが、現代のコンピュータやスマホは自転車という二次元的に移動できる装置から、ヘリコプターやロケットといった"機械がないと到達できない3次元的な方向"へ人間を引き上げてくれる装置になりつつあります。

現在活躍する起業家やエンジニアもその3次元的な使い方を利用しており、例えばイーロン・マスクの従兄弟で太陽光エネルギー会社ソーラーシティーを設立したリンドン・ライブ氏は起業前にソフトウェアを自動アップデートできるソフトを使って何もしなくてもコンピュータが働いてくれる状態を作ってから起業に踏みきっています。

これは何も特別な人間だけではなく、スマホを使ってYouTubeの広告収入やアプリを開発する小学生、もしくはクラウドソーシングサイトなどで家から出たり時間をかけなくても収入を得て、どの組織に属さずに自分のやりたいことに専念する人は珍しくなくなってきています。(筆者自身もネット上でのライセンス販売で働かずとも生活できる状態。)

日本人では、MITメディアラボ助教授でアーティストのスプツニ子!さんは、自分の製作した歌を収録した自主製作DVDを1000枚作成して販売したところ、数十枚しか売れなかったので「どうせ売れないなら、無料でたくさんの人に見てもらったほうがいい」とYouTubeにアップし始めたところ、ネットで反響があり、やがて東京都現代美術館のキュレーターの目にとまったことで展示のオファーが来たと言います。

マネジメントの発明者であり未来学者とも呼ばれるピータードラッカーは生前「いまから20年後あるいは25年後(2027ねんあたり)には、組織のために働く人の半数は、フルタイムどころか、いかなる雇用関係にもない人たちとなる」と述べていましたが、2020年には小学校でもプログラミングが導入されることを考えれば自分でテクノロジーを扱い3次元的に利用するのは一部の人だけにしかできないことではなく、いかなる雇用関係にもない存在が増えて行くのはそこまで遠い話ではないかもしれません。

人の下で働かずとも場所を問わず飯は食える

そもそも、仕事を選ぶときは一人一人が幸せになりさらに他の人も幸せにするために働くのが当然であって、働くことで不幸になったり自分のやりたいことができないならば自分を感情を持たないロボットや道具として働かせているようなものです。すると、これから出現する人工知能(Artificial Intelligence)というものはロボットのように働かせる職場ではその名の通りロボットとして働いてくれる都合のいい奴隷となる可能性があります。

人工知能というと労働者目線であれば仕事が奪われると捉える人が多いのですが、どこにも属さない人や経営者にとっては使える有能な道具が増えることになるので、人工知能が登場した時代ではそれぞれが奴隷を扱う主人の視点を持つことが重要となってきます。アニメ「攻殻機動隊ARISE」シリーズの脚本を担当する作家の冲方丁さんは、人工知能がさらに発達していくと奴隷制が当たり前だったローマ時代のようになるとして次のように述べていました。

「AIを獲得するということは、人類が初めて"いじめても良い奴隷"を手にいれるということなんですよね。(中略)奴隷という職業がAIによって復活するとき、人間社会はもう一つ高度になると思うんです。奴隷が存在していたローマ時代にあれだけ哲学や娯楽が発達したことを考えると、またああいった状態に戻れるのではないかと思うんですよね。」

ギリシア、ローマ、イスラム、バビロン。今も昔も奴隷を活用する文明は芸術、政治、哲学面で高度に発展してきた。

人工知能が普及すれば人間がする仕事はなくなると考える人が多いですが、ボストン大学の経済学者 ジェームズ・ベッセン氏の著書によれば産業革命以降、銀行にATMが導入されたことによって銀行員の数は減るどころかそれまでの25万人から50万人の2倍に増えて、現在も毎年10万人ずつ増えているといいます。

かつてお金を数えるだけの銀行員の仕事は機械がするようになると、今度はお客との関係を作るためにコミュニケーションやサポートをすることで銀行を成長させる重要な存在となりました。次の時代は、AIがこのコミュニケーションやサポートをするようになっていきますが、かといって人間のする仕事がなくなるというわけではなく、むしろ今では仕事と思わないことを人間がやることになるかと思います。

すると、今ある仕事のための勉強や訓練・修行、もしくは嫌なことや不得意なことをすることはAIと勝ち目のないゲームをすることになるので、早く自分の好きなことを見つけて取り組むことが次の時代を乗り越える切符になるでしょう。

↑道具が進歩しテクノロジーが梃子(てこ)として働くことで人間の専門技術や判断力や創造性がより重要になるのです。 by David Autor

日本では年間50万件近くもの自動車事故が起きていますが、テクノロジーによって人に被害や損害が発生することも当然あります。事故死亡者を減らすための対策をするのと同様、続いてはテクノロジーが内包する害悪や危険を知ることでリスクを減らす方法を考えていきましょう。

テクノロジーはどのように人間を退化させていくか

同じテーブルで食事を囲んでいるにもかかわらず、まるで食事の付け合わせのようにスマホを手にとって目を合わせないまま会話を始め、目の前の人ではなく顔も見えない遠くの人物へ情報を送る。

数十年前には考えられなかったこのような風景が今では世界中のどこでも当たり前になってきていますが、ウィンストンチャーチルが言ったように『我々が建物を形づくる、すると今度は建物が我々を形づくるのだ」とすると、スマホやテクノロジーを作った我々はやがてそれらによって形作られる存在となっていくでしょう。

テクノロジーによって形作られる子供達

確かにテクノロジーによって我々の能力が向上する部分もありますが、ここからはテクノロジーが生じさせる危機を認識することによって、健全な心を保つための方法を考えていきます。

危機1. SNSは人格ナルシスト化装置

サンディエゴ州立大学の心理学教授ジーン・トウェンギは1979年から2006年にかけて1万6000人以上の大学生から自己愛人格傾向尺度を分析したところ、現代の大学生は20年前の学生の2倍に相当する人数がナルシストの傾向があると明らかにしました。

自己主張能力がアメリカと比べて低い日本にとってはナルシストでも良しと考える人もいますが、ナルシストとは結局、自分が人よりも優れているという狭く傲慢な考えを持った人であり、時には他者を利用してでも自分を目立たせるTaker (取る側)の人が多いものです。

ナルシストの多い傾向としては、良い第一印象を与えるにもかかわらず平均して20分も話していると次第に相手に一切質問せずに自分のことを話すようになるといい、こうした自分だけが気持ち良くなるオナニー会話が進んでしまえば人間関係は間違いなく疎遠となり人間同士が交わることが少なくなっていくでしょう。

ナルシスト発信者の末路は孤独者

フェイスブックユーザーのナルシストは、ありのままの自分ではなく有名人や成功者と一緒の写真に写ることで孤独や虚しさを隠そうとする傾向があり、またツイッターを使う80%の人は他者に対して役立つ情報を与える”インフォーマー”ではなく自分のことばかりをつぶやく”ミーフォーマー”だといいます。

有名人やルックスの良い人にとってはナルシストは多少の武器になるかもしれませんが、彼らに影響された勘違いがネットで彼らのようになろうとしていることはある意味社会問題なのかもしれません。

危機2.ネット依存・中毒

社会問題といえば、スマホが登場し世界では数百ものインターネット依存症治療施設が出来上がるほどネット依存になる人が増えてきました。

音楽番組のMTVが若者を対象にした世論調査によると、66%は「オンラインにいると疲れる」と答える一方で、58%は「テクノロジーを一切使わないと何かを逃しているような気がして不安になる」と答えているそうで、ペンシルベニア州の大学生は課題の「1週間のスマホ禁止」を守れず次のような感想を述べていました。

「大切な情報を逃しているかもしれないと思って、不安でたまらなかった。1週間も我慢するのは無理。Eメールをチェックできないなんて考えられない。フェイスブックにも通知が山ほど溜まってしまうはずだ。」

スマホはどこまでも君につきまとう

かつてはテレビが紹介したことが一気に注目を集めるようになりましたが、現在ではネットで話題となったものにテレビが注目する逆転現象が起きたために人々はその話題についていくために本能的にスマホを手放すことができないのかもしれません。

確かに、使い方次第でテクノロジーは脳の自転車やロケットになるかもしれませんが、その行き先というものは結局のところ自分で決めるしかないので、いくら自転車に乗りこなせても少し遠くのパチンコに入り浸るようでは何も恩恵を受けることはなく、むしろ気づかない害悪となっているのかもしれません。

中毒の例としてパチンコやギャンブルは、「お金が儲かるかも」という期待と「お金を失うかも」というスリルが存在し、儲かった時の喜びを脳は記憶しているのでお金を失った時の恥や後悔を埋めようとして再び期待を込めてギャンブルをすることになります。

ワクワクとスリルはあなたの脳を中毒にする

これはスマホなどのテクノロジーもある意味似ており、ネットの世界では常に新しいものが更新されるので人との会話よりも刺激のある動画やゲームへの期待から利用頻度は高くなっていき次第に依存度や中毒度が高くなっていく傾向にあります。

依存を脱却するためには外側からの刺激ではなく、自分の内から出てくる好奇心や探究心を追求する刺激や面白さを知ることで、自分がテクノロジーの主となり依存ではなく自立へと向かい始めることでしょう。

危機3. ネットバカが大量に生まれる

ネットに限らず、快楽をもたらす物は全て使用頻度が高ければ中毒性を持つようになりやすいですが、先の言葉を繰り返せば依存関係(外部が主で自分が従)にある状態は思考を停止させ、その結果主体的で自立している人間と比べて知能レベルに大きな差が生まれます。

確かにスマホやPCで音楽を聴きながら作業をするマルチタスク世代の人たちは、上の世代に比べて複数の平行作業が得意ということがわかっていますが、スタンフォード大学の実験によればマルチタスクを習慣としている人たちは集中が必要な作業に関しては気が散りやすく正答率が低かったそうです。

集中力や注意力散漫が過度になればADHDという一種の精神病とみなされますが、90年代後半から2008年の調査によればADHDの子供(多動児)は10年で33%増えたことが報告されており、その6割は成人してもADHDの症状を抱えたままだそうです。

スマホは間違いなく脳の形態を変えてしまう

アップルの創業者のスティーブ・ジョブズですら自分の子供にiPhoneやiPadなどのテクノロジーを制限して触らせなかったことは有名ですが、そもそも未来を創ったり想像力を駆使して仕事をする人たちはむしろアナログな紙やペン(タブレットやタッチペン)を通して脳みそに汗をかいて考えて仕事をしていることが多々有ります。

とはいえテクノロジーはお金やハンマーと同じ道具に過ぎずそれを使うからといって能力区分されると考えるのは早計で、『ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること』の著者ニコラス・カー氏は次のように述べています。

『グーグルによって「馬鹿」(stupid)になっているかと言うと、その言葉を使うことには私も慎重だ。というのも、(インターネットを活用しようがしまいが)、いろいろな意味で頭がいい人はいるからだ。英語の原題は、「The Shallows」だが、「馬鹿」というよりも人を「shallow(浅薄)」にする。物事について創造的に、複雑に、概念的に考えることをできなくさせる傾向があると言っているまでだ。』

自分の意見を持たない人間のコピペレポートが世の中に溢れている。

要は、ネットで次から次へと刺激を求める行為は、あまり考えもなしに自分探しの旅に出る人と同じで、物事を深く掘り下げて突き詰めるのではないので浅はかな上辺だけの知識になってしまうのではないでしょうか。東大生の75%がネットのコピペのレポートを提出するのもまさにそうした影響だと言えるでしょう。

結局、テクノロジーを受け入れるべきなのか遠ざけるべきなのか

スマホを1週間禁止できなかった学生や、自動車や銃で人が殺されている現状の世界を見てみれば、すべての人間が高度なテクノロジーのいい部分だけを取り入れることができるのはかなり遠い未来の話かもしれません。さらには、すでに人間レベルのAIですら理解できないものになりつつあるのに、我々の想像できない方法で我々が気づかないような問題を解決できる超人工知能を人間が制御することも無理な話でしょう。

だからといって、テクノロジーの奴隷や従属関係となるのではなく、人間を主体として自発的に考えられるような在り方を常に考えていくことが重要で、そのヒントはおそらく昔の先人やヒントを残してくれており、それを読み解き自分なりの考えを持って行動していくことが大切なのだと思います。

混沌を乗り越えるヒントは先人が残しているはずだ。

産業革命の時に仕事が奪われると考えた職人たちは機械を破壊して回ったり、仕事が奪われると悲観をしていたそうですが、「嫌われる勇気」で名が知られるようになった心理学者アルフレッド・アドラーは新たな環境に突入しても心が折れないために次のようなたとえ話を使っていました。

『2匹の蛙がミルクの入った壺に落ちました。1匹は「もう終わりだ」と泣き、溺れ死ぬ覚悟をしました。しかし、もう1匹は諦めず何度も脚をばたつかせると、足が固い地面をとらえました。何が起きたか?ミルクがバターに変わったのです。』

結局のところ、どんな時代がやってきてもすべてを外部の環境に任せるのではなく、人間自らが想像力を使って自分なりの答えを出すことに意義があり、たとえそれが無駄だとしてもそれを愛しながら学び続けることが大切なのだと思います。

自ら考えることをせず、欲望に身をまかせる怠惰な人間は人工知能に上手に使われた方が社会のためになるかもしれませんが、せっかく肉体と魂をもって生まれてきたのであればテクノロジーを使って自分にしかできないことをやってみたいとは思いませんか。

参考資料・引用

魔法の世紀 / 落合陽一 PLANETS ,Google Boys グーグルをつくった男たちが「10年後」を教えてくれる: ラリー・ペイジ&セルゲイ・ブリンの言葉から私たちは何を活かせるか / ジョージ ビーム 三笠書房 , インターネットは自由を奪う / アンドリューキーン 早川書房, 毒になるテクノロジー iDisorder / ラリー D. ローゼン ナンシーチーバー 東洋経済新報社 , ネットで進化する人類 / 伊藤穣一 角川学芸出版 , クローズアップ現代 , シンギュラリティ 人工知能から超知能へ / マレー・シャナハン ドミニク・チェン訳 NTT出版, まんがと図解でわかる アドラー心理学式折れない心の作り方 / 和田秀樹 宝島社

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